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2013年3月

2013年3月30日 (土)

(Event)多文化共生フェスタしんじゅく2013

新宿区が行っている「多文化共生フェスタしんじゅく2013」に行ってきました。

そのわけは、ボランティアで総合学習を教えた大久保小学校の5年生が地域をテーマにオリジナルアニメを作ったのを上映するから!

私はその1つ上の6年生との関係があったのですが、5年生がアニメを作りたいというご相談を、担任の三田先生からご相談いただき、幼馴染でアニメやクールジャパンを教えている七丈さんをご紹介し、七丈さんが宝塚大学の月岡先生等をご紹介してくださって、アニメが作られていきました。

11月の学芸会には、コンサートがあっていけなかったのですが、七丈さんがビデオを撮ってくれて、それを見て、ぽろぽろと涙がこぼれてしまうほど、感動しました。

今回、学芸会後、もう一度撮影しなおしたものを上映したのですが(そしてなんと平成24年度新宿エコワン・グランプリ大賞まで受賞してしまったのです!)、最初の感動ほど感動しない。うまいんだけど、2回目だからかな?と思っていたら、なんと月岡先生も同じことを感じていらっしゃったそう。

うまいとかうまくないとかではなく、自分たちが本当に感動しなければ、人を感動させることはできない。うまくやろうではなく、自分たちのメッセージを伝えよう、それが人にメッセージを伝えさせることになる。

そうおっしゃっていて、私も本当にそうだと思いました。

世界トップクラスの人たちと一緒に勉強のできる大久保小学校の子供たちは本当に幸せだと思いますし、その環境を作り出している校長先生をはじめ、担任の先生方の御苦労をちょっぴりですが垣間見ている私としては、子供を育てるなら、絶対大久保小学校のような学校にしたい!といつも思っています。

帰り道、月岡先生から、日本と中国・韓国アニメの違いを教わりました。それがあるから、絶対にアジアの国は日本のアニメを抜くことができないのだと。ワンピースにもそれがあるから、あれだけ売れるのだと!

多分、それは、私のいるクラシックの世界で、日本が抜きんでた存在になるために、不可欠なポイントなんだろうと思います。私なりにそれを咀嚼し、実践できたら、月岡先生にご報告に行きたいな。。。と思いました。


2013年3月27日 (水)

(Book)恋文讃歌

Photoモスクワへ行く飛行機の中で、鬼塚忠氏の「恋文讃歌」を読みました。

内容(「BOOK」データベースより)
祖父・達夫の危篤に駆けつけた僕は、故郷・鹿児島の病院で、祖母・テルから初めて壮大な夫婦の愛の物語を聞かされる。テルは太平洋戦争直前、初恋の相手と結婚し、北朝鮮へ小学校教師として赴任する夫・達夫とともに海を渡る。やがて夫は出征し、テルは一人で出産。そして終戦。夫はシベリアに抑留され、テルは幼い子供を連れ、38度線を歩いて越え帰国したが、数年後に戻ってきた夫は、自白剤を打たれ廃人同然だった…。僕は祖父の最期に、祖父からテルに宛てた数字だらけの恋文を読み解こうとする―。鹿児島・北潮鮮・シベリアを舞台に、戦争に翻弄された純愛ストーリー。『Little DJ』の著者が贈る、最高の歴史ラブロマンス。

飛行機の中にも関わらず、人目も構わずに涙しました。

その訳は、妻から送る夫への愛の言葉、夫から送られる妻への愛の言葉の1つ1つが、心へ響いてきて、戦時でも人を愛するという気持ちは変わらないのだと、それなのにもかかわらず戦争に行かなければならない、そんな時代の理不尽さに対して、腹立たしいのと同時に、それでも別れなければいけなかった人たちの想いがたくさん詰まっていて、胸がいっぱいになりました。

小説に描かれている、残された暗号の手紙を解くシーンは、本当に息が詰まってしまって、

「テ・ル・へ
暗号を解いてくれたんだね
ありがとう」

の一文から、涙でかすんで、文章が読めなくなるほどでした。

暗号に込められた最後のメッセージ。それが、亡くなる前に読みとかれ、そして、廃人と化した夫を死ぬまで看病した妻への最後のプレゼントになって、本当に良かったと思います。

私の祖父もシベリアに抑留され、帰国後すぐに自死を選んだと聞いています。すでに他界した祖母も、父も、親戚も、誰もそのことに触れようとしないまま、長い年月が過ぎ去ってしまいました。もはや、誰も真相は分からないのかもしれません。詩人だったという祖父のシベリアでの状況を、この本を通して垣間見たような、そんな気持ちになりました。

父は多くを語りませんが、祖父を失い、生活の糧のために、危ない仕事をしながら高校・大学へ行ったようで、子供たちには貧乏だけはさせるまいと思いながら、育ててくれたようです。

母は上海からの引き上げで非常に大変な思いをしたようです。母はまだ小さかったのであまり覚えていないけれども、祖母や母の兄弟から、死を決意してピストルを胸に引き上げてきたそうです。帰国してからも生活を軌道に乗せるには多くの苦労があったようで、家族ばらばらで生活をせざるを得なかったと聞いています。

そんな厳しい時代に、この物語では、離れていても、思いやりと愛を贈り合う、そして、廃人となって戻ってきた夫を死ぬまでお世話し続ける(再婚を考えるチャンスは何度かあったにも関わらず)、そんな自分を貫く、大事な人を大事に思い続ける生き方に、自分の生き方はどうなんだろうか?安易なほうに逃げがちで、そこに自分の意思は本当にあるんだろうか?と、自問自答させられました。

1月には、ボストン・コンサルティング・グループの大先輩の堀さんが原作・脚本で三枝成彰が作曲したオペラ『KAMIKAZE-神風-』を見てきましたが、ここでも同じく太平洋戦争がテーマでした。

KAMIKAZEのレビューでも書きましたが、戦後67年。私たちの世代では過去のものとして忘れ去られようとしているこのときに、決して戦争とは私たちの生活とは無縁のものではないことを、そして平和のために一人ひとりがなにができるのかもっと考えるべきだと、改めて感じました。

素晴らしい本です。1人でも多くの方に、是非読んでいただきたいと心から思いました。

2013年3月25日 (月)

(Event)クレムリン、モスクワ大学 

Photo_3クレムリンのほうがメインなはずなんですが、私としては、「チャイコフスキーが投身自殺をはかって死にきれなかったモスクワ川だ!!!」と、モスクワ川になぜか興奮してしまいました。

チャイコは奥さんと離婚し絶望し自殺をはかるのですが、失敗し、かの有名な白鳥の湖とエウゲニ・オネーギンを作曲したことを、先日のコンサートでご紹介したばかりだったからかもしれません。

クレムリンの中にも入って、あれこれ見て回ったのですが、頭の中はもはや白鳥の湖の第二幕の情景の音楽しか流れておらず。

Photo_4 モスクワ大学も見てきました。

(見てくる大学が違うだろうっ!と自分に突っ込みを入れながら…)

それにしても、寒いっ!!

立派な建物だなぁ~

スターリン・クラシック様式の建物です。







Photo_5ブッシュ大統領夫人が送ったダックの親子もいました。

他に贈るものがなかったんだろうか?

なんでこれにしたんだろう???

後で調べなくっちゃ。

と、思いながら、撮影。

今年は例年にないほど雪が多く、寒いモスクワだそうです。

本当に寒い…

冬にはマスタークラスには出たくないなぁと思いました。

夏のマスタークラスにも本当に行くんだろうか?? 下見に来て、食べ物がここまで合わない、治安も悪い、物価も高い…というところに、かなり不安を感じております。

2013年3月24日 (日)

(Event)モスクワ 赤の広場

Photo_5吹雪のモスクワ赤の広場です。

有名なポクロフスキー聖堂(ワシリー寺院)(Собор Покрова что на Рву)。

対モンゴルの戦勝を記念して、イワン雷帝によって1560年に建てられたもの。設計したのは、ポストニクとバルマの2人で、あまりにも美しい建物に驚いたイワン雷帝が、二度とこのような美しい建物ができないように二人の眼をくりぬいてしまったという話は有名です。

サンクトペテルブルクの血の上の救世主教会がよくこれと間違われますが、ポクロフスキー聖堂が1560年に建てられたのに対して、サンクトペテルブルクのは1907年と非常に新しいもので、歴史的にも技術的にもまったく違う教会だそう。

Photo_6左手にクレムリンを、右手にグム百貨店を見ながら、赤の広場を進んでいくと、レーニン廊があるのですが、今回は、白いものがかけられていて、修復中なのか、今後撤去されるのかは、よく分からないとロシア人のガイドさんがおっしゃっていました。

そして、その向いにこの写真のロシア屈指の大博物館である国立歴史博物館。1872年アレクサンドル2世によってたてられ、1883年にアレクサンドル3世の戴冠式に合わせて開館したそう。

Aka3赤と金の色が雪の中に映えているカザンの聖母聖堂。1612年のポーランド軍の侵略を防いだことを記念して建設されたが、ソ連時代に破壊され、1993年に再建されたもの。革命後は、400以上あった教会は1/10くらいに激減し、すべて破壊され、ソ連崩壊後再建されたそうで、この教会はモスクワで最初に再建された教会。

日曜だったので、ミサに多くの人が訪れていましたが、ソ連崩壊までは、ロシア正教徒が激減し、ようやく最近増えてきたのだとか。

Photo_7マイナス12度くらい、ウィンドチルを入れるとマイナス15度くらいの中を1時間近く歩いて、室内に入ると、とっても暑い…

赤の広場に面しているグム百貨店に暖を取りに入りました。 

ジェラートの女王の異名を持つ私は、もちろんジェラートを食べました。こちらは、チェリー味で、とってもおいしい!!

ロシアの人はアイスクリームが大好きだそうで、寒い時期でもアイスクリームがたくさん売っています。

とっても贅沢ですわ。

2013年3月23日 (土)

(Event)モスクワの旧ソ連時代のホテルでのびっくり

Photoモスクワの旧ソ連時代に建てられたホテルに泊まっています。

一見ふつうのホテルの部屋に見えますが… 

部屋の空気の入れ替えのためでしょうか? 窓が開いていました。

外はマイナス12度。しかも、ものすごい風が吹いています。

どのくらい風が吹いているかというと…

Photo_2 ホテルの外の旗が、見事に真横に見えるほど。

これで、窓が開いていたので、部屋は、冷え冷え。

寒い~~typhoon

急いで窓を閉めました。

外では、雪がちらついています。


Photo_3 窓の外を見ると… こんな感じです。

こんな寒さなのに… 

暖房がついていないっ!!!! wobbly

もちろん、フロントに電話しました。猛烈に抗議しました。

したの階は、「労働者階級が泊まるお部屋で、それと同等のお部屋には空きがないので、部屋も変えられないから、仕方がない」とのこと。

えーーーー、まじですかっ!?

そんなわけで、お風呂に入り体を温め(お風呂の水もキレイではないんですけどね、モスクワ川の魚は猫すら食べないというほど汚染されているわけなので。しかし、ここは暖を取るのが先)、フル装備で洋服を着、ホッカイロを背中に4枚、お腹に2枚、太ももに2枚貼って、ダウンジャケット2枚着て寝ました。

なかなかこんな体験はできません。

さらに、驚いたのが、このお部屋、ドアの下が1センチ強くらいあいているんです。

廊下を歩く人の足が見える。

うわぁ~~ セキュリティ悪い~~~

ドキドキしながら、スーツケースをドアの前に置き、寝ました。

ソ連時代のホテルと聞いているので、いろいろと妄想もめぐってしまいました。

本当にいい体験をさせていただいております。

2013年3月22日 (金)

(Theater)マリンスキーでThe Maid of Pskovを見ました

Photo_4「サンクトペテルブルクへ行ったら、絶対にマリンスキーでオペラを見る!!!」

…と言いながらも、一人で行くのはちょっぴり心配。

親友がサンクトペテルブルクへツアーで行ったのに、ジプシーに強奪にあったり、あまり治安がよくないと聞いていたから。

ご一緒してくださる方が見つかり、無事、The Maid of Pskovを観てきました!!

サンクトペテルブルクはどれも、「ここまで大きいのか~」と圧倒されるほどの大きさですが、マリンスキーも例外ではなく、とっても大きな劇場でした。

Dinner非常に早くついてしまったので、向いにある「ちょっとぼろそうだけど大丈夫?」と思うTeatroというカフェへ入り、早めのディナーをしました。

外はぼろいけど、中はすっごくモダンなお店で、おいしくサラダをいただきました。実は、ロシアへ入ってからずっと食事が合わなくって、吐き続けていたのですが、この食事は無事にお腹にとどまってくれました。私の中では、ロシアンルーレットならぬ、ロシアンダイエットと呼んでいます(笑)

Butai舞台の幕はこんなにシックで素敵。ロシア語の家庭教師の先生がマリンスキーと深い関係があり、ここの美術は素晴らしいので舞台美術要チェックと言われいたのですが、この幕をみただけで、もうわくわくわくわく。

あまり外国人は来ておらず、ロシアの現地の人が週末のエンターテイメントとしてみに来るような感じの劇場でした。

椅子の括り付け方があまりにも適当で、そんなところにもなぜかロシアを感じてしまいます。

舞台がはじまり、100人以上のコーラス役を舞台に乗せてしまうダイナミックさ!!

ソプラノはやっぱり重めで、可憐な少女っぽさはなかったですが、ロシア作品だなぁと思わせる歌い方でした。

王子様役のテノールは、素晴らしくって、その声にうっとり。

とっても楽しい素敵な時間を過ごせました。ロシアに来てよかった~~

(Event)エルミタージュ

Photo_7夢にみたエルミタージュ美術館にやっと来ることができました。

以前、フィンランドから入ろうとしたことがあったのですが、動乱があり、ロシア国境が封鎖されたため、来ることができず。

泣く泣くあきらめて、フィンランドで遊んでいました。

今回は、夏のモスクワのための下見なのですが、下見と称してあちこち観光をして回る私(笑)

こういう機会でもないとなかなかロシアまで来ることができません。

Photo_8 かの有名な聖ゲオルギー(大玉座)の間。歴代皇帝による謁見の間で、大使の階段(これを見たときに、おぉ、NHKでやっていたのと同じだ~と思ってしまいました。NHKにどれだけ毒されてるんだ!)から続けて部屋を通された外国の大使が、ここで皇帝に謁見したそう。

玉座が大きいっ!!!

ロマノフ王朝の紋章の双頭の鷲が巨大。

クジャクの時計も本物を見ることができました。残念ながら、動いていなかったけれど、隣のディスプレイに動いたらこうなりますという動画がうつされていて、それはそれは、すごい仕掛け時計。

Photo_9 エルミタージュには、2枚のダヴィンチの絵があるのですが、1枚は「リッタの聖母」。そして、この「ベヌアのマドンナ」。

初期の作品「ベヌアのマドンナ」に描かれた聖母子像の姿は、後輪を除けば神的なものは感じられない、市民的な母と子の姿でした。

「リッタの聖母」のほうが、ダヴィンチらしい計算されて緻密な構成で、青と赤の鮮やかな衣装。完成度はあきらかにこちらのほうが高いのでしょうが、私はなんだか、「ベヌアのマドンナ」の素朴さにぐっときました。

こうして初期の作品と比べて見られるのは、エルミタージュらしい選択だなぁと思いました。

イタリア留学中に、ダヴィンチはたくさんみる機会があったのですが、何度見てもすごいなぁ。。。と思います。

Photo_10 Photo_12 ティツィアーノも同じくイタリアの巨匠。

「ダナエ」(左)が有名ですが、個人的には「懺悔するマグダラのマリア」のほうが好き。

イタリア美術は新エルミタージュの半分くらいを占めていて、ダヴィンチ、ティツィアーノ、ラファエロ、カラヴァッジョなど、イタリアを代表する画家の作品で埋め尽くされていて、イタリア美術だけでも、美術館ができちゃうんじゃないかってほどでした。

Photo_13 でも何がすごいって、このラファエロの回廊。

どこかで見たことがあるぞ、これ。

って思うのも当然。

ヴァチカンのフレスコ画を5人(たしか5人と言っていた)の画家をヴァチカンに送り込んで、布に模写させ、それを持ち帰らせて、再現したというのだから、もうその規模に圧倒されてしまいます。

呼んできて作らせるのもあるけど、画家を送り込んで、模写させて作らせちゃうっていったいどれだけお金をかけて作るんだ!?

その果てしない作業に、ただただ圧倒されるばかりでした。

この後、フランドル美術、オランダ美術、スペイン美術、19-20世紀美術、古代ギリシャ・ローマと、続いていくのですが、あまりの量の多さに、私の中では、もはや消化しきれず。

6時間しかいなかったからかもしれませんが、ゴーギャン、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、モネ、ベラスケス、ゴヤ、エル・グレコ、レンブラント、ルーベンス…(あぁ、あと思い出せない)と、メジャーどころはおさえたはずですが、あまりの多さに、記憶がごちゃごちゃになってきています。

一応、写真は撮ったけれど、ゆっくりみて、自分の中でちゃんと消化して、そして、もう一回見る、なーんて、ゆとりはまったくございませんでした。

恐るべし、エルミタージュ。

死ぬまでに、もう一度行きたいなぁ。。。(今年の夏にもう一度チャンスがあるかもしれないけれど。。。)

2013年3月21日 (木)

(Event)エカテリーナ宮殿

5サンクトペテルブルクから南に約25キロ、皇帝の村を意味するツァールスコエ・セロー(Царское Село)にあるエカテリーナ宮殿(Екатерининский дворец)に来ています。

雪の中にブルーがとっても美しい夏の宮殿です。

最初の宮殿は、1724年にエカテリーナ1世のために建築されたそうです。

Photo_4 エカテリーナ宮殿の大広間は、本当に素晴らしく、白夜ゆえ窓からの明かりで十分で、シャンデリアがないのが特徴。

大きな窓から差し込む光が、金色の彫刻や鏡に反射して、まばゆいばかり。

1791年6月に大黒屋太夫がエカテリーナ2世に拝謁し、帰国の許可を得たのもこの広場(井上靖の「おろしや国酔夢譚」にそうあった)。

Photo_5 そのエカテリーナご本人はこんな方だったそう。

当時の衣装を身に着けた人形がいました。

黄色のローブというのが、黄金の部屋にあまりに似合いすぎていて、ドキドキしてしまいました。

この部屋の裏には、彼女がつかったバスルームというのがあり、そちらもとっても興味深く拝見させていただきました。

Photo_6 そして、有名な琥珀の間( Янтарная комната )。中は写真が撮れないので、入口で撮ってあげると声をかけていただき、入口で撮っていただきました。

壁一面が琥珀におおわれていて、(第二次世界大戦のときに、ナチスドイツ軍に持ち去られてしまったので今あるものは2003年に復元したもの)、それはそれは、ため息が出ます。

琥珀に赤があったのは知らず、緑、赤、琥珀色、茶色と4色の琥珀が見事な絵画になっています。

琥珀の間以降も、壁一面がカンヴァスで覆われた絵画の間、古代ローマ風の浮彫が見事なお部屋や、青いシルクで壁面が覆われたお部屋等、見事なお部屋が続きました。

ゴージャスなものをみすぎて、くらくらしてしまいました。

(Event)イサク聖堂と血の上の救世主教会

Photo帝政ロシアのシンボルとして1858年に建設されたイサク聖堂。

世界で最も大きな教会の1つだそうです。

完成までに40年の月日がかかったとか。軟弱な地盤の上にこれだけ巨大な建築物をたてるには、1万3000本の杭をうち、そらに1万本の杭を打ちつけ、花崗岩が石灰岩を敷き詰めた、と、ロシア人ガイドさんが教えてくれました。土台作りだけで5年もかかったらしいのですが、サンクトペテルブルクの人が誇るのは、そこじゃなくって、48本の100トンを超える円柱なんですって。1本くりぬきを運んだと、誇らしげにおっしゃっていたのが、印象的。

Photo_2 そして、血の上の救世主教会。

モスクワのポクロフスキー聖堂と間違われることが多いらしいですが、こっちはとっても新しいので、間違えないでくださいと、ガイドさんが2回もおっしゃったのが、とっても記憶に残りました。

1881年にアレクサンドル2世が暗殺された場所の上にたっていて、アレクサンドル2世が殺された場所のお墓のところには、血の跡を象徴する赤いカーネーションが置かれていました。

内装はとっても豪華なモザイクで覆われていて、宗教的な意味がとてもあるそうで、細かくロシア人ガイドさんが説明してくれたのですが、私は3人のスリ集団のほうに気を取られていて、全部は聞き取れず。

スリ集団が教会に入ってからぴったりとくっついてくるのがとっても気になって(他の人は気づいていなかったようですが…)、自分の貴重品と一緒のグループにいる人たちの貴重品が気になって仕方ありませんでした。途中でロシア人ガイドさんも気づいて、急いで教会を後にしました。

(Event) ロシアの物価に驚き

Photo_2 物価が高いとは聞いていたものの、本当にとっても高くて驚いています。

ちょっぴりお腹すいたんでカフェでごはんを食べたら3000円近くになってしまいました。100グラムのグリル野菜と100gのソーセージにお茶をつけただけなのに!!!

ロシア人のガイドさんが物価が高すぎて一人しか子どもは持てず、一時間半くらいかけて(もちろん片道)仕事にいってる、それしか生活できない。ロシアの人口はいずれすごく減るだろうし国力はが下がるのを心配してるとおっしゃってたけど、まるでどこかの国の話を聞いてるようでした。

2013年3月20日 (水)

(Event) ロシアに来ています

Image五月に歌うグリエールのコンチェルトの勉強と夏にでようと思っているモスクワ音楽院のマスタークラスの下見を兼ねて、ロシアにきています。

シカゴ育ちなので寒いのは大丈夫なほうなんですが、やっぱり寒い。猛烈に着込んでいます。

自分の演奏がどう変わるのか楽しみです!!

2013年3月19日 (火)

(Study)書展開催で分かったこと

先日書き上げたとご報告をした作品

今日が書展の初日だったので、朝の仕事の前に、どういう仕上がりになっているのか、駆け込んでみてきました。

ところが、額装が私のイメージしていたものとまったくことなり、しかも、ななめに傾いて掲載されて、さらに、蛍光灯が映りこんでいて文字がほとんど読めない。

…というひどい展示になっておりました。

その場で、涙が出てきてしまいました。

昨年の12月からこの作品を作るために、先生と相談に相談を練り上げていった結果がこれ!?

確かに私の御手はキレイになったと言われるし、私もずいぶんと成長したとは思っていましたが、こんな額装になるのだったら、出品しなければよかったと思うほど、額装がひどく、私が作りたかった山田耕筰の世界のお話はどこへいっちゃったの!?

展覧会が終わるまでははずせないときいて、さらに号泣。

この作品がこのよに存在していることすら許せない。

そして、その作品についてきちんと何度も話し合って作り上げていったはずなのに、そこが出来ていない、そのさみしさ。

アーティストは常に孤独であるというけれど、これは、孤独の前に問題があったんじゃぁないのか!?

…そんな残念な展示会で、胸が締め付けられるほどつらく、涙がこぼれた1日でした。
展覧会から作品が戻ってきたら、いつもお世話になっている世界堂さんに泣きつきに行って、そこでちゃんとつくって、キレイに写真を撮ろう。
そう、こころに決めました。

写真を撮った後は、もちろん、私のこまかーい説明が待っております。

2013年3月18日 (月)

(Event)はにわきみこさんのしつもんカードセッション

Photo_3金澤悦子さん(えっちゃん)はにわきみこさんとミーティングの後、はにわきみこさんが最近はじめた「しつもんカード」のセッションをしてくれました!

まず最初は、えっちゃんから。

44枚、漢字1文字が書かれたカード。占いでもない、お告げとも違う。
「自分の中からヒントが引き出される」カードセッションなんですが、これが実に今の自分に必要な言葉がどんどん出てくるっ!!

えっちゃんは、男とか美とか出ていて、一人で「えー」「そうなんだー」などと納得(?)していました。

私に出てきたカードは「食」「女」「悩」「水」

どれも、「あぁ~~こころあたりありすぎる~」と、自分がなんとなく後回しにしていたことを突き付けられて、どっきりしました。

ここでどっきりだけではなくアクションにつなげるようにフォローがあるのが、はにわきみこさんのすごいところ!

今はトライアル価格1000円でやってくれるそうですが、近々値上げされるらしいので、ご興味のある方ははにわさんのウェブページをチェックしてくださいね!! 4月にサロンを開いてやってくれるそうです♪

2013年3月14日 (木)

(Music)オフィーリアの狂乱

Photo今日は、杉並公会堂の小ホールで、トマのハムレットから第四幕のオフィーリアの狂乱「遊びの仲間に入れてください」を演奏させていただきました。

ハ ムレットに「尼寺へ行け!」と言われて、そして父親からハムレットを監視して報告せよと言われていた父がハムレットに殺されて、狂っ て、自殺してしまう(川に落ちたのか、自分でとんだのかは分からないけれど)オフィーリアです。

だから、花嫁衣裳のような服装が多いので、この衣装にしま した。

ベールをつけて歌う人もいますが、私はどちらかというと、花を摘みながら、ハムレットと結婚することを夢みながら(だからベールはかぶっていな い)、でも絶望して川へ誘い込まれるようにして落ちて死んでいくオフィーリアをイメージして、演奏しました。

一番最後の avec désespoirのとこから、絶望しすぎて、持っていた花を投げ捨ててしまうほど感情移入しちゃって、"pour toi je meurs "と、叫んでしまいました(汗っ)

この1週間で、セルフプロデュースのコンサートを入れて3本、講演1本、岩手往復とものすごいスケジュールとプレッシャーの中で歌ってきたのですが、無事、すべて終わって、ほっとしています。

自分の限界がどこにあるのか、どこまでプレッシャーと挑戦に耐えられ、結果を出せるのか、それを今探っているのは、体にも心にも負担になっているのはわかるのですが、ストレッチできるときにストレッチさせておくと、「あの時よりはマシ」と思えるので、やっておいてよかったなぁと思います。

来週から5月に演奏するグリエールのコンチェルトのための勉強をかねて、ロシアへ行きます。

2013年3月11日 (月)

(Work)3.11は岩手出張でした

20130311_13391920130312_220720東日本大震災から2年。今日は岩手に出張でした。

この数年で何度東北新幹線に乗っただろうというくらい乗っているのですが、写真を撮ったのははじめて。

はやてってずいぶん鼻が長いなぁと思いました。

お土産はかもめの卵にしたのですが、今回は黄金のかもめの卵も買ってみました。

本当にゴールドがキラキラとついておりました。

 

2013年3月10日 (日)

(Music)コンサート 2+2=5~戦争に翻弄された音楽家たち~ 無事終了です

Concertアニストの北村真紀子さん、オーボエの上田恵さんと行ったコンサート「2+2=5~戦争に翻弄された音楽家たち~」が無事終了致しました。

黄砂と花粉が舞う中、たくさんの方にお越しいただき、本当にありがとうございました。皆様に応援していただきながら、こうして演奏ができ、音楽家として成長させてもらってるなぁと実感した1日でした。

セルフプロデュースはすべてを自分でやるためいろいろと大変なこともありますが、音楽をより深く理解していくうえでとても勉強になります。

また、場所を提供してくださったパソナミュージックメイトに感謝いたします。

Koi 今回は場所を1Fの水上ステージに変えて演奏したため、日が差し込む中での演奏で、趣向が違って楽しめました。

また、鯉が音楽にあわせてぱしゃぱしゃ跳ねているのが面白かったです。

演奏をしていて、鯉が集まってくるのが分かり、鯉って何に反応しているんだろう!?ととても不思議でした。あとで調べてみようと思います。

演目は以下のとおり。

第一部
◆ チャイコフスキー バレエ「白鳥の湖」より 「第二幕情景」
◆ リムスキー=コルサコフ 歌劇「サルタン皇帝」より「熊蜂の飛行」    ◆ ラフマニノフ 「楽興の時作品16 第4番」   
◆ ショスタコヴィッチ 「ブロークの7つの詩」より 「オフィーリアの歌」 
◆ ストラヴィンスキー バレエ「プルチネルラ」組曲より 「II セレナータ」◆ プロコフィエフ ソナタ第6番「戦争ソナタ第四楽章」 
◆ ラフマニノフ 「14のロマンス」より 「ヴォカリーズ」 (Op.34-14)     

第二部
◆ スタイナー 映画「風と共に去りぬ」より 「タラのテーマ」
◆ グリエール 「コロラトゥーラ・ソプラノのための協奏曲 Op.82」 より「第一楽章 アンダンテ」
◆ リムスキー=コルサコフ 「グリンカの主題による変奏曲」
◆ スクリャービン 「2つの左手のための小品」
◆ バーンスタイン 歌劇「キャンディード」より 「着飾ってきらびやかに」
◆ ハチャトゥリアン バレエ「ガヤネー」より 「剣の舞」   
◆ ピアソラ 「リベルタンゴ」

◆ “The War is Over”

後半チャレンジングな曲を並べていたので、スムーズに進むか不安でしたが、大丈夫でした!

終了後は皆様とお茶会をさせていただきました。お友達の皆様とのスナップ写真です♪
お忙しいところお越しいただき、本当にありがとうございました。

Photo_3PhotoPhoto_2

2013年3月 3日 (日)

(Event)ひな祭り

20130303_184143幼馴染のYが誘ってくれて目黒雅叙園の百段雛まつりに行きました。 第4回目となる今回は、越後・信州・栃木の街々に咲いた「雛まつり」をクローズアップしているそうです。

信州の名刹・善光寺大本願からは、秘蔵の、代々公家出身の上人ゆかりの天皇家のお雛さまが登場。
また、日本海に面し、鮭漁で栄えた町屋の佇まいが残る城下町、越後・村上からは、毎年開催される「町屋の人形さま巡り」の雰囲気そのままに会場をしつらえます。
そして江戸と京の文化が交差する信州・長野からは、豪商として知られる須坂・田中本家の大正期のお雛さまが登場。
さらに、信州中野の愛らしい土人形や、国宝松本城の城下町・松本の押絵雛、真田氏ゆかりの信州上田のつるし飾り、そして「氏家雛めぐり」で知られる栃木県 さくら市のオープンスペース「古香庵」より、江戸明和年間より御雛人形司として知られる大木平蔵(丸平)の逸品が登場します。
その総移動距離は1,100kmにもおよぶ雛めぐりの旅を、東京・目黒の地でお楽しみください。(目黒雅叙園ウェブページより)

こう書かれているとおり、本当にすばらしいお雛様の数々が展示されていて、圧巻でした。

20130303_183337お雛さまを見終わった後は、館内にもかざりつけられているひな人形を見て回りました。もともとお祓い、お浄めの意味が強いと聞いておりましたが、こうした船に乗せたお雛様も素敵です。

目黒雅叙園は本当におかねかけているなぁと思うほど、立派なところで、その昔ここで会社関連のパーティーをしたことを思い出しましたが、その時と今と趣が変わっていないのも魅力の1つだと思いました。

女の子のお祭り、ひな祭りを今年はちゃんとやったなぁ~という気分で帰路につきました。

Yちゃん、誘ってくれてありがとう!

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秋山ゆかりについて

講演のお知らせ

  • 2015年1月14日(水)午後5時~8時「理工系女子による理工系女子のためのキャリア戦略講座」@人材研究所セミナールーム
    お申込みは、こちらから
    2015年1月16日(金)午後5時~@明治大学

コンサートスケジュール

  • 2015年2月7日(土)自主企画コンサート「数学×音楽!?~数学がひも解く音楽のヒミツ~」午後1時半~@JTアートホールアフィニス(虎の門)チケット4000円

CDのご案内

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